絹糸楼閣1 二十四節季とは立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨・立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑・立秋・処暑・白露・秋分・寒露・霜降・立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒と呼ばれる二十四つの季節の区切りのこと。 野萩、子荻、三枝の三家はこの二十四節季の度に本家に出向き大過なく過ごせているかを伝え合う。 だが二十四度全て顔をつき合わせるのではない。立春から1つ飛ばしの節季。つまり、月の始め……この12回が”寄り合い”と言って本家の野萩へ赴く日である。 そして、雨水から1つ飛ばしの節季。月の後半の節季が文でその家のあらゆることを本家へ報告する日であった。 飛脚に頼めばそう遠くない距離でなので文を節季までに到着させることは可能だが、年に二十四度もお互いの様子を知らせ合うとは異常としか言えない。これも三家の疑り深い気質ゆえだろう。互いが互いを見張っているのだ。 これには一応、私自身も三枝家として参加している。家は無くなったが土地は残っているし、三枝の血が絶えたわけではないからだ。 本来なら家督を継ぐはずだった真火が二十四節季を行なう筈だが、私たちが焼け出された時点でこの風習よく知っていたのは私の方だったので三枝からはずっと私が参加している。 けれど、節季を迎える度に里を出るわけにはいかない。なので正月の雨水(一月・春)、季節初め立夏(四月・夏)、立秋(七月・秋)、立冬(十月・冬)の四度本家に出向いている。文は……催促されない程度に間を置いて出している。 そして、今回多紋さんからの大量の包みと一緒に届いた文。これが思い切り私を疲れさせてくれた。 拝啓から始まる馬鹿丁寧な文。 『緒、真火、変わらず元気にしていますか。こちらは皆変わりありません。 そろそろ雨水ですがその前に一度こちらへ戻ってきてはどうでしょう。父上や母上、それに妹たちも楽しみにしています。』 そんな内容が敬具でしめてあった。 「嘘つき」 ぐしゃっと丸めた文を放り投げると花瓶に当たって転がった。 善良で通っている多紋さんはともかく、あの家の人たちが私と真火が家に行くのを待ってるはずがない。 「憂鬱だわ……」 多紋さんが帰って来いという趣旨の手紙を送るのは大旦那の意向だろうことは分かっているので、私たち姉弟が”帰る”のは決定事項だ。 「真火に言わなくちゃ」 いつもより気持ちが沈むのは真火も一緒に行くからだ。私と違って真火はそれなりにあちらの家族と打ち解けているから、真火と一緒だと私の居場所がない。もとよりあそこに私の居場所があるなんて思っていないけれど。 そんな心に比例してどんどん重くなる体をなんとか立たせる。 「……真火を探してこよ」 のろのろと弟を探しに向かうのだった。 ここは忍の里。 普段は皆、農民や商人として暮らしている。 私たちは元々大店の子供であったのだが、訳あって両親が死亡。流れ着いた先がこの里だった。 あれから何年たっただろうか。私も真火も忍として働くことができるようになった。 そのお陰で、少しずつではあるが、私の目的に近づいている。私たちに忍の力をつけてくれたこの里の人間には感謝している。 「緒姉、こっちだよ」 横の畑から満面の笑みで手を振っている少年が見えた。 茶色の短髪に切りそろえた横髪。真っ直ぐな後ろ髪を高い位置で結んだ少年。それに、あの体格の良さは間違いなく私の弟だ。 鍬を片手で器用に振り回して自分はここにいると主張しているのだけど、その姿は少しばかり阿呆に見えた。 「お疲れさま」 「おう、新しい苗をもらったから植えてみようと思って畝を作ってたんだ」 「へぇ」 確かに長い畝ができている。拭っても汗が落ちるので相当頑張って働いたのだろう。 「はい、お水」 「ありがと」 汗をかいた分を取り戻すように喉をならして一気に飲み干した。 「なぁ、おやつでも持ってきてくれたのか?」 いいものを期待してにこにこと手を差し出す真火に「残念でした」と肩を竦めて見せればがっくりとうな垂れた。 「じゃあ、何なんだよ。俺は畑の世話するのに忙しいの!」 「あのね、多紋さんから手紙が届いたの。今度は真火も来なさいだって」 「うん、えっ?俺も呼ばれたのか?正月でもないのに珍しいな。緒姉はいいのか、俺も行って」 「しょうがないわよ。多紋さんのお呼びだもの」 「ふぅん……ならいいけど」 よっこらせ、の掛け声とともに収穫していた野菜籠を背に担ぎ歩きだす。 「 じゃあ、兄弟水入らずの食事は今日で当分お預けだな。今夜は俺が夕餉作るな!」 にかっと笑った顔につられて、私も自然と笑みがこぼれた。 |