絹糸楼閣2








「爺様、行ってまいります」
旅姿で村のまとめ役の爺様に挨拶をしに向かった。爺様は忍の里の古株。かつては名の通った忍であったらしいが定かではない。
やはり実年齢に対して若々しく見え、侍の格好をすればそれなりに見えそうである。
細い煙の昇る煙管から口を離して息を吐いて硬めで私たちを一瞥する。
「おぉ、行ってこい。長居はするなよ」
旅姿の私たちを確認するとどういう用件できたのかが分かったのだろう。それだけ言うと手に持っていたに書物に視線を戻してしまった。



子荻の家は里からそう遠くない。昼休憩や途中の休憩を考えて朝から日が落ちるまで歩けば2日で着く距離。馬ならもっと速い。
旅費は子荻持ちなので私たちは馬を使う。賃料を弾めば馬借は良さそうな馬を選んでくれた。
「さーてどちらが手綱を持ちますかね!」
二人とも旅用の格好をしているのでどちらが手綱を持っても大丈夫だが。
「……お姉ちゃんがやろっか?」
真火は下を見つめたまま動かない。
「真火がよければお姉ちゃんは全く構わないけど」
うー……という低い声とともに頭を抱える真火。
「……いや、俺がやる!」
決心して叫んだのだった。



「っし!」
金具に足を引っ掛けて馬に跨がるのは流石運動神経がいい真火。
「ん、」
ずりりとほんの少し後ろに下がってここに座れと合図する。
私も難なく真火と馬の首の間に乗れば準備は万端。後は手綱を持った真火が馬を操るだけだ。
「走らせてもいいよ」
「お、おう」
緊張した面持ちで馬の腹を蹴る。すると黒い馬はゆっくりと走り始めた。
「よかったじゃない。ちゃんと乗りこなせてるよ」
「ん」
気持ちいい感覚で馬は土を踏んでいく。が、操る方はガチガチに緊張したままで馬での旅を楽しむ余裕はなさそうだった。
「男の自尊心が許さないのねぇ」
「うるせー」
ちょっとからかってみると一瞬こっちを睨んで視線がまた前に戻る。
「馬に揺られるの楽しいよ?」
「…………」
「気持ちよくて眠たくなってきちゃった」
「…………」
「残念ね。こんないい馬にのってるのに楽しめないなんて」
「男が女に乗っけられるなんて格好つかねぇだろ」
ぼそっと呟かれた言葉を想像してみる。手綱を持つ私。その前に足を揃えて横向きに乗る真火。
…………確かに情けない。それはそれで楽しそうだけど。



「そろそろ昼餉にしよっか」
太陽が真上に昇ったころ私のお腹が鳴ってしまった。
「わぁ!いいところね!」
峠の店。蕎麦・うどん・甘味と藍地を蝋で染め抜いたのぼりが風に靡いていた。
「こんな峠だっていうのにいろいろやってるのね」
「そうだな。ここはでかい街道に近いし通る客も多いんだろうな」
結局真火は昼餉までずっと馬を走らせた。相当緊張していたようで、ガチガチに固くなった筋肉を解している。
「ごくろーさま」
「あー、気持ちいい」
お疲れの真火の肩をもんであげたらまるで温泉に浸かったときみたいな顔をしちゃって。こんなとき可愛い奴、と思ってしまう私は弟馬鹿かしら。
「仲睦まじいことで宜しいですねぇ」
店から出てきた好々爺に微笑まれて思わず笑い返してしまった。
好い人か夫婦にみられてしまっただろうか。



「はい、お待ち。きつねうどん二つにしるこ2つでよかったかね」
大きな器から湯気が立ち上る。
「おいしそう」
「お嬢ちゃんたち、どこへ行くんだい」
「西です。親戚の家に向かってるんです」
「西か……あちら側は治安が良くないからの、十分気をつけて行くんじゃぞ。爺には何もできんが……ほれ、これを持っておいき」
そう言って渡してくれたのは風呂敷に包まれたものだった。
「甘味など気持ちばかり入っておるよ。道中にお食べ」
実は姉弟揃っての甘いもの好き。隣の様子を伺えば非常に興味がある様子だったので気持ちを有り難く頂いた。
「さて、と。そろそろ向かいますか!」
お腹も満たされて心も温かくなって気持ちがいい方向に向いてきた。
このまま何事もなくたどり着けるといいけど。
そんなことを思いながら再び馬に跨るのだった。