絹糸楼閣3








日が落ち始めた頃、宿場町に着いた。
「こっちの筋は賑やかだな」
「そうね」
いつもなら早く着くことを優先して寂しい道を行くのだが、昼間店であんなことを聞いてしまったから念のために安全な道を選んだ。 こっちの道は商業街道だからそういう人たち用の簡素で手頃な店が多いけれど、簡素故の寂しさは感じさせない。疲れた旅人を癒すための様々な興を扱う店が軒を連ねているからだ。
「うーん……あそこはちょっとね」
「緒姉?」
眉間に皺を寄せた私を不思議な顔で真火が見る。
「なんでもない、なんでもない」
「?」
見世物小屋や山猫廻しなんかとても楽しそうだけど、「興」という意味には実に様々ある。 一見ただの宿屋に見えても裏では違う機能をしているところもあるわけで。 そういう場所は独特の雰囲気を醸しているはずなので私は見抜こうと凝視して歩いた。
ちゃんと見極めないでそういうところに入ると姉と弟の兄弟。同性同士より気まずさは増幅する。
「昼間聞いた話が気になるしね、情報が聞けそうなところがいいんだけどな」
「そうだな!」
ポンと手を真火が手を打った。 どうやら、気まずさの部分は回避できたみたい。単純な子でよかった。忍としては不合格だけど。
「じゃあ、そこの宿なんてどうだ。馬も預かってくれるみたいだし」
「あ、いいかも。真火いいこいいこ」



近づいてみると思ったよりも素敵な宿だった。
「凄いわ、この柱。誰の作なのかしら。他の柱より随分古そうだけど凝ってる」
「元からあったもんじゃねぇなぁ。どっからか持ってきたんだな」
どうやら建物のあちこちに古い建造物の一部を使っているみたい。でも新しいものと古いものが上手く調和していて 選んだ人の趣味の良さを感じた。
「こんばんはー。宿を一晩お願いします」
戸を開くと番頭の男が迎えてくれた。
「丁度一組分空いてるぞ。あんたら運がよかったな。最近この辺りが随分物騒になってきたから宿はどこも一杯でなぁ。ほれ、この奥で飯が食える。部屋は上の階だ。あんたら同室でかまわないな?よし、観豊!お客さんを案内しろ!」
番頭は驚く程早口で最後まで喋ると青年を呼んだ。
「へーい!こっちこっち、案内するぜぇ」
階段の途中で手を振っている。
「俺は手代の美作撥雪ってんだ、よろしく。」
太陽の明るさの笑顔で手をさしだしてきた。私も慌てて手を差し出したけど。
「おう、よろしく」
私と壁の間をすり抜けて真火が握手した。
「おー、兄ちゃんでかいねぇ!みるとこいいとこ育ちっぽいけど力仕事もしてんのか?姉ちゃんのほうも結構鍛えてそうだよな。ま、訳有りの奴もここには大勢いるから詮索はしねーけどな。ゆっくり休んでってくれや」
「う、うん」
「ところであんたら兄弟?夫婦?友達って風には……見えねぇ、な」
ここの人間は全員早口でまくし立てるんだろうか。
「姉弟だ。こっちが姉ちゃん。俺は弟の真火ってんだ」
「緒です、よろしく。ねぇ、ちょっと気になったんだけど”手代”なの?こんな山奥なのに」
「へぇ!緒ちゃんよく知ってんな。もしかして家は商家か何かかい?」
「そんなところ」
一見なにも考えず思ったことをそのまま喋っているように見えるこの人。本当になにも考えてなさそうだけど観察力がある。こういう人が敵だと恐いな。
「元々ここの旦那様は港で商いをしてたんだよな。けど港が廃れちまって旦那様の里に戻ってきたんだ。ここじゃあその名残で番頭やら手代って呼んでんだ。原因はあれさ、今噂になってるヤクザ者の集団だな。舞伎師ていう組織だ。あいつら上手く港のお偉いさんに取り入って乗っ取りやがった。あんまり傍若無人な治め方するんで人はどんどん逃げて行ったよ。奴等、今じゃどんどん勢力を拡大してこっちの方まで被害が広がってるっていうじゃないか。」
「ふぅん……舞伎師、ね。夜盗物取りとかも?」
「そうだな、あいつらは何でもやるよ。あんたらは馬で来てよかったな。馬に乗ってる奴はあんまり襲わねぇから。人と馬じゃあ人が危ないもんなぁ」
やっぱり大分危険らしい。話が聞けてよかった。情報があるとないじゃ全然違う。
「おい、いつまでも喋くってんじゃねぇ!」
店に大きな声が響いて撥雪という青年はそそくさと二階へ逃げていった。