絹糸楼閣5








子荻の家は通り側に店を構え、裏は母屋と蔵という構造になっている。俺たちは母屋に向かうべく家と家の間の細い道を通って裏に回った。裏へまわると川原に面したもう一本の道に出る。その道には堀があり、川の水が子荻の家の近くを流れている。
「お、鯉だ」
涼やかな音とともに朱色の鯉が2匹泳いでいった。



「やっぱり臭うよな。入るの躊躇っちまう」
「着替えもないし仕方ないね」
先程の戦いで、俺たちからは常人にも分かるくらい血の鉄っぽい臭いが染み付いていた。それに汗をかいたのもあって気持ちが悪い。
「ちょっと待った。誰か来る」
土を踏む音が近づいてきて、門の奥から人がやってくるのが分かった。このまま会っても大丈夫だろうか……嫌な顔をされそうだな。何か言い訳考えねぇとなぁ。
「おやおや、お帰りなさい。帰ってきてくれて嬉しいよ」
奥からでてきた人物は笑顔でそう言った。
どう誤魔化そうかと考えていた俺はあっけにとられてしまってぎこちない笑顔を返してしまう。
「ただいま帰りました」
出迎えてくれたのは屋敷の若旦那、多紋さんだった。



「さ、二人ともゆっくり着替えておいで」
若旦那は俺たちを見ただけで事情を理解したのだろう。こっそりと自室に通してくれた。屋敷の住人に気付かれないように屋敷の離れから俺たち姉弟の着物をとってくると衝立を用意して一旦廊下へと出て行った。流石、呉服屋の若旦那。この人のこういう心遣いに俺は感心する。
普通なら一番最初にしかるべき相手に挨拶をするのだが、子荻では姿に重きを置くので大旦那に会う前に着替えることは家の規律違反ではない。
だた、汚れていた原因が血だというのが俺たちがこっそりと着替えなければいけない理由だった。 子荻の大旦那と奥さんは俺たちの忍の里行きを納得してくれはしたものの、同じ血が流れている者が忍という生業に浸るのを良くは思っていない。それでも…………里行きを許したのは緒姉に原因があった。
とにもかくにも、俺たちが忍の里にいるためには子荻の家での印象を悪くしてはいけない。これが絶対条件。
「着替えました」
「真火くんはどうかな」
「あっ!はい、もうちょっとです」
いけない、ぼうっとしてた。子荻にくると考え事をすることが多くなってしまう。
慌てて着替えを再開する俺の横を抜けて緒姉が出て行く。
……自分の姉ながら、きちんとした格好をすればいいところが栄えてそれなりに“いい女“に見える。誰にも言えないけど。
髪紐から開放された柔らかい髪。絹糸のように滑らかに肩から滑り落ちて普段では感じさせない色香とでもいうのだろうか、そういうものを感じてしまう。障子を開ければ風が吹いて緒姉の絹みたいな髪をなびかせた。