絹糸楼閣6








「緒、真火、元気にしていたか?真火は見るたびに大きくなるな」
目の前に座るのは子荻の大旦那だ。横に控えているひょろりと細長い多紋さんと違って随分恰幅のよいその姿。
「緒も若い頃の粧花殿に瓜二つだ」
そういって大旦那は目を細めた。
粧花殿というのは俺たちの母。屋敷の古い女中も緒姉のことを母が生き返った様だと喋っているのを聞いたことがあるので、本当に瓜ふたつなのだろう。そう推測するしかないのは母が随分前に亡くなってしまって殆ど覚えていないから。
「寄り合いまでにはまだ日がある。ゆっくりしていきなさい」
「はい」
緒姉はだんまりなので返事をするのは俺の役目。
「痛っ!……、……!」
突然足に痛みが走った。前に進み出たところで怪我をした左足に体重をかけてしまったのだ。
「どうした?怪我をしているのか?みせてみなさい」
大旦那が近寄って足の様子を確かめる。
「真火、大丈夫?」
緒姉の声に震えが混ざる。
「ん、大丈夫だから心配すんなって。見てみろよ、ほら。余裕余裕」
本当はそのままうずくまっていたい程に辛い。だけど 緒姉のこんな声は苦手なんだ。俺も泣きそうになっちまう。
俺はなんとか笑顔をつくって見せるけれど、緒姉は笑ってくれなかった。
「…………」
「真火くん、嘘はいけませんね」
「痛っ!!何するんだ!!!」
多紋さんがあまりにも手加減なしに腫れているところを掴むものだから、思い切り多紋さんを殴ってしまったかに思った。
実際、拳は多紋さんに振り下ろされたが、首の動き一つで回避した。まるで忍みたいに。
「すぐに医者を呼ぼう」
「私が呼びに行きましょう」
流れるような仕草で立ち上がった多紋さん。そのほんの数秒の間に俺に耳打ちされた。



『あなたは誰のためにあるつもりなのですか』と。









「かなり腫れておるが少しの間安静にしておけば問題なかろう。応急措置がよかったな、坊ちゃん」
医者の表情が安堵のものに変わった。 緒姉は医術を得意とする忍の元でいろはを教わっていたから的確に処置ができたんだろう。
「良かった……。先生、ありがとうございます」
俺の傍にいた緒姉も胸に手を当ててほっとした顔をする。やっと笑ってくれたことに俺の心も軽くなる。
「それじゃあ、私は失礼します」
「おい、待てよ緒姉」
俺が大丈夫だと分かるとぺこりと会釈をして部屋を出ていってしまった。
降ろした瞼が震えて見えたのは気のせいだったのだろうか…………。別に、緒姉の所為じゃないのに。俺は緒姉にあんな顔をさせないくらいには強くなりたい。
「悔しいな」
今の俺では心も体も圧倒的に力が足りなくて自分のために生きるだけで精一杯だ。今、努力していること…………それがずっと先の緒姉と俺のためになると頭で分かっていても 早く強くなりたくて急いてしまう。いつになれば緒姉を幸せにすることができるんだろうか。
「はあ……」
突っ伏した体に板の間がひんやりと冷たかった。
「…………ん?」
横になった視界に小さい足が現れた。
「誰だ?」
視線を上げるとそこには見知った顔があった。